会報こぶし特集

野々市市が誕生

2012年1月19日

 

学園生活を過ごしたあの町が発展

 

     <2011年11月11日、町から市に>

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  金沢工大学園の扇が丘キャンパスがある野々市町は2011年11月11日野々市市に生まれ変わりました野々市は学園の歩みと軌を一にして発展を遂げ、念願の市制移行を果たしたと言えます。野々市が市になるまでの道のりを、学園の歴史とともに掲載いたしました。

  ■ 初代市長 Interview

    大学は現代の 「 市 」

    卒業生はいつまでも " 住民 "

  

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  初代市長 粟 貴章氏

  1961年11月11日、北陸電波高校は野々市の地に校舎を構えられました。その50年後の2011年11月11日に野々市が「市し」になったのは、偶然の一致とは言え、金沢工大学園との深いご縁を感じずにはいられません。
 野々市は面積こそ小さいとは言え、本町・富奥・郷・押野の4地区が、それぞれの歴史と伝統、特徴を持って発展してきました。それぞれの個性が新市誕生を契機に、さらに調和して一つとなることで、新しい野々市市は個性あふれた都市になることができるのだと確信しています。市制移行を実現できたのも、野々市のすべての先人のおかげであり、野々市発展のために粉骨砕身、頑張る所存です。
 ところで、昔から人がたくさん集まる場所に「市(いち)」という格が与えられてきました。名称の中に「市」が入っている野々市は、人的・物的な交流が盛んな場所だったと言えます。
 人や知識が集まる大学も現代における「市いち」ではないでしょうか。金沢工大学園と野々市とが連携をさらに強め、新産業を生み出す学園都市が実現できれば、これまで以上に人が集まり、学園と野々市の可能性は無限に広がっていくことでしょう。
 今後、卒業生の皆さんが活躍できる場は、ますます広がります。皆さんはいつまでも"住民"であり、この地で再会する日を心待ちにしています。

 

  

■ 新市の名称は、なぜ「野々市市」?

 

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 新市の名称を決めるにあたり、「ののいち市」「石川市」「椿市」なども候補に上がっていました。中でも「ののいち市」を希望する住民が多かったそうです。
 「野々市」を漢字表記にしたのには理由があります。御経塚遺跡に見られるように、今から3500年前の縄文時代後期から晩期にかけて、すでに野々市の地には人々が住んでいました。また、白山比咩神社に伝わる応長2(1312)年に書かれた古文書には、「野市(ののいち)」という地名が初めて登場しています。このように「野々市」の地名には長い歴史があり、伝統や文化の継続性の観点から漢字表記が採用されました。

 

 

その他の主な掲載内容

 

     : 野々市市のあゆみと学園の歴史

     : 扇が丘キャンパス周辺の変遷

 

  ※ 詳しい記事は 、「 会報こぶし Vol.49 」 をご覧ください。

 

 

 

 

 

  

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